夕立が上がったあとの旅館は、空気そのものが重かった。
美咲は和室の窓辺に座っていた。
膝の上のタブレットは点いているのに、指は動かない。
画面には追悼文集の草稿が開かれたまま、カーソルだけが点滅している。
外は竹林だった。
雨に打たれた葉がまだ光を含み、湿った土の匂いが障子の隙間から入ってくる。
畳の匂いと混ざると、六年前のアトリエを思い出してしまった。
模型用の木材、接着剤、夜更けのコーヒー。
教授が咳き込みながら「バランスが死んでる」と言っていた声。
その横で蓮が黙ってカッターを握っていた横顔。
あの横顔は、今も残っている。
六年。教授が亡くなってから、美咲は蓮に会っていなかった。
会う理由を自分で潰してきた。
模型の話をすれば、あの熱が戻る。
あの熱が戻れば、言えなかったことがまた喉まで来る。
だから遠ざかった。
それが、追悼文集で壊れた。
窓の外で蛙がひとつ鳴いた。
静まりかえった旅館の空気が、その一声でわずかに震えた。
美咲は深く息を吸い、タブレットを閉じて立ち上がった。
浴衣の裾が畳を擦る音だけが聞こえる。
ロビーに下りると、蓮はソファに座っていた。
六年前と同じ細い体と黒いリネンシャツ。
けれど肩幅は少し広く、首筋に日焼けの跡がある。
腕を組んで窓の外を見ていた横顔は、学生の頃より大人びていた。
美咲が近づくと、蓮が顔を上げた。
黒い目と、あの頃と同じ静けさ。
少し微笑んだときの口元の柔らかさだけが、変わっていなかった。
「お久しぶりです」
声が思ったより小さかった。
「久しぶり。全然変わってないな」
目が合う。
美咲は視線を外せずにいた。
蓮の目は、模型を見ていたときと同じだった。
対象を測り、黙って理解しようとする目。
その視線が自分に向いていると、胸の奥が熱を持った。
「先生のことを、書こうと思って」
蓮が頷いた。
「俺もそう」
ロビーの隅の百合が、湿度を吸って重そうに首を垂れていた。
白い花弁の先が少し透けて見える。
美咲はその花を見て、自分の喉が乾いていることに気づいた。
夕食は個室だった。
おかみさんが静かに給仕する部屋。
沖上がりの鯛が運ばれてくる。
小ぶりで、皮がきれいに焼けている。
蓮が酒を注いだとき、瓶の口から立ち上る匂いが美咲の鼻先をくすぐった。
熱い。甘い。少しだけ辛い。
「あの頃、課題で徹夜したよね」蓮が言った。
杯を置かず、美咲の顔を見ている。
「蓮さんの模型、横でずっと見てた」
美咲は笑ったつもりだった。
けれど声が少し掠れた。
酒が喉を通ると、胃がじんわり温かくなる。
血が顔に上るのがわかった。
蓮のえくぼが小さく動く。
その動きを見た瞬間、美咲の胸の奥が妙にざわついた。
あの頃は、何も言わなかった。
模型の角の歪みを指摘する代わりに、黙って横に座った。
蓮が困った顔でやり直すのを、ただ見ていた。
指先が震えているのも、唇を噛む癖も、全部見ていた。
言えなかった。
言うと、あの距離が壊れる気がした。
今は、もう少しだけ大人になっている。
お互いを試すように、視線を合わせた。
蓮の黒目の奥で、何かが動いた。
美咲は杯を置いた。
指先が熱い。
食後、廊下を歩きながら、美咲は自分の部屋の前で足を止めた。
蓮も止まった。
浴衣の袖がわずかに触れ合う。
「少し、寄稿の構成を見てもらってもいいですか」
蓮は二つ返事で頷いた。
ためらいはなかった。
それがかえって、美咲の腹の底を熱くした。
和室の照明は仄暗かった。
中央に低いちゃぶ台。
美咲は座布団の上にあぐらをかき、タブレットを蓮に向けた。
二人が画面を覗き込むと、自然と肩が近づく。
蓮の肩が、美咲の肩のすぐそばにある。
服越しに体温が伝わってくる。
シャツのリネンは薄い。
その下の熱が、美咲の腕に直接触れているみたいだった。
かすかな口臭、酒、夕食の魚、シャンプーの残り香。
男の体の匂いが、狭い空間に溜まっていく。
「この部分、少し長いかも」蓮が指を指した。
その指が美咲の手首を掠めた。
熱い。
短い接触なのに、皮膚の下まで残る。
美咲は思わず息を止めた。
蓮の動きも、ほんの一瞬止まった。
指先が、まだ美咲の脈の上にある。
沈黙が、狭くなった二人の間にゆっくり溜まった。
美咲は顔を上げた。
近い。
蓮の目が、あの頃からずっと見ていた目が、今は自分だけを捉えている。
吐息が頬に当たる距離。
「あの頃のこと、まだ覚えてますか」美咲が先に口を開いた。
声が低かった。
「覚えてる。全部」蓮の声はささやきに近かった。
「美咲が黙って俺の絵を見てたこと」「蓮さんが困った顔で模型をやり直してたこと」
声が少しだけ笑った。
その笑いは、すぐに消えた。
空気が変わった。
蓮がゆっくり手を伸ばし、美咲の頬に触れた。
指先が輪郭をなぞる。
触れるだけの触れ方。
けれどその温度だけで、美咲の全身がじわりと熱を帯びた。
耳の奥が鳴る。
太腿の内側が、理由もなく熱くなる。
蓮の手が顎の線を滑った。
赤い唇へと、親指が触れる。
下唇を軽く押し開く。
美咲は目を伏せたまま、呼吸をひとつ吐いた。
吐いた息が、蓮の指に当たる。
「いい?」蓮が聞いた。
低い、確認する声。
美咲は小さく頷いた。
それだけでは足りなくて、自分から顔を近づけた。
蓮の唇が触れた。
六年の空白を埋めるように、静かで切迫したキス。
乾いた唇が互いの唇をなぞる。
最初は触れるだけ。
次に、蓮の舌先が美咲の唇の隙間を求める。
美咲が口を開くと、熱い舌が入ってきた。
酒の残り、鯛の脂の名残、男の唾液が口の中に広がり、舌と絡む。
小さな音がした。
唇が離れてまた吸いつく音。
唾液が糸を引く音。
美咲は蓮の首の後ろに手を回した。
短い髪と熱い皮膚。
シャツの内側に指を滑らせると、背筋の筋肉に触れた。
引き締まった肌が、指先で微かに揺れた。
蓮の呼吸が、少しだけ深くなった。
胸が美咲の胸に当たる。
浴衣の薄い生地越しに、互いの体温が混ざる。
和室の照明が、二人を長く伸びる影にしている。
畳に落ちた影が、ゆっくり近づいて、ひとつに重なる。
蓮が別のキスをした。
今度は美咲の首筋に。
耳の後ろの柔らかい肌に唇が触れた瞬間、美咲の背筋全体に甘い痺れが走った。
息が乱れる。
蓮の舌が耳の後ろを舐め、軽く吸う。
水音が近い。
美咲の手がシャツのボタンに伸びた。
ひとつ、またひとつ。
開いたシャツの下には、日焼けしたなめらかな肌。
胸板がくっきり盛り上がっている。
肋骨の凹凸が呼吸に合わせて静かに動く。
美咲の指が胸に触れた。
その瞬間、蓮の肩がかすかに震えた。
乳首が硬くなっている。
美咲はそれを指の腹で転がした。
蓮の喉から、低い息が漏れた。
美咲に手をかけながら、蓮は彼女を畳の上にそっと押し倒した。
黒髪がちいさな山になって広がる。
畳の匂いが近い。
蓮は上に覆い被さり、もう一度唇を奪った。
今度はもっと深く、もっと湿ったキス。
舌が口の中で絡みつく。
唾液が混ざり、美咲の口の端から溢れて顎を伝う。
蓮の親指がその雫を拭い、そのまま下唇に戻した。
浴衣の合わせが開かれていく。
ひとつ外すたびに新しい素肌が現れる。
鎖骨、肩の丸み、腕の柔らかさ。
蓮の指が下着の上からお腹に触れた。
ふっくらとした臍のまわりの柔らかい肉が、掌で持ち上がるように形を変える。
熱い。
汗ばんでいる。
「きれい」蓮が独り言のように言った。
目は美咲の体から離れない。
美咲の顔が赤く染まっていく。
頬だけが熱を持って脈打っているように見えた。
胸が、蓮の視線だけで反応するように上下に揺れた。
乳首が浴衣の内側で擦れ、すでに尖っている。
蓮の口が鎖骨の窪みから胸の谷間へと降りていく。
唾液の温もりが肌に薄い膜を作るように残る。
舌が谷間を舐め上げ、下着の端に歯をかける。
胸の先端が下着越しにも硬く尖っている。
蓮は布の上からそれを含んだ。
熱い口と濡れた舌。
布が唾液で透ける。
美咲の口から、かすかな声が漏れた。
「んっ……」
蓮の手が下着の端を掴んだ。
ゆっくり引き下げていくと、白い肌が露わになる。
柔らかな乳房が、手の中で重さを取り戻すように形を変える。
蓮は両方を掌で受け、親指で乳首を擦った。
摘まみ、転がし、軽く引っ張った。
甘い電流のようなものが美咲の下腹を貫いた。
足がもぞもぞと動くのを抑えられない。
太腿が閉じ、また開く。
その間が、もう熱い。
蓮が腰に手を回した。
体を密着させたまま、彼の腰が美咲の下腹に押し当てられる。
硬くなった部分が、布越しに彼女を押し返す。
熱い。太い。脈打っているのがわかる。
美咲は自分の手が勝手に動いているのを感じた。
蓮のベルトに指をかけ、留め具を外していく。
金属の音だけが静かな部屋に響いた。
蓮のものが、彼女の手の中に収まった。
熱を持ったそれが、びくりと脈打った。
先から透明な液が滲み、美咲の掌を濡らす。
筋が浮き、熱い。
美咲が指を走らせると、蓮の息が止まった。
「待って」蓮が耳元でささやいた。
温かい息が耳をくすぐる。
美咲の手が止まった。
「ゆっくりしよう」
低い声が全身を包んだ。
命令ではなかった。
六年分を、一度に壊さないための声だった。
それでも美咲の内側は、すでに待ちきれなかった。
蓮の指が下腹をゆっくり降りていった。
浴衣の裾を開き、布越しに触れたところは、どこも熱を持って反応した。
裾も開かれた。
下着は薄い黒のレース。
植物の蔓のように細かい模様が、柔らかな肌に食い込んでいる。
染みができている。
真ん中が暗い。
蓮がそれを取り除いていくと、性器が露わになった。
小さく整えられた茂み。
その奥の柔らかで湿った肉が、視線に応じるようにうっすら濡れていた。
外唇が少し開き、内側の色が覗く。
蓮はしばらく、ただ見ていた。
息がかかる。
その息だけでも、美咲の中が収縮した。
蓮の指が、まず外側の柔らかな唇に触れた。
膨らみに沿って、上から下へゆっくり撫でた。
汁が指に付く。
ぬるぬるしている。
美咲の呼吸が速くなった。
腹筋が薄く引きつるように震えた。
「ここ?」蓮が小さい声で聞いた。
指が割れ目の上を滑り、核の近くで止まる。
「あっ、そこ…」美咲が小さく言った。
声が裏返りかけた。
蓮の指が最も敏感な部分に届いた。
少しだけ膨らんだ中心の核を指の腹で円を描くように撫でる。
濡れているので、すぐ滑る。
圧力を変える。
遅くする。速くする。
「ひゃんっ」美咲の身体がびくりと跳ねた。
声が予想以上に高く抜けた。
自分の声だと認めたくない高さ。
蓮はそのまま、指の速度を上げたり、ゆっくりにしたりを繰り返した。
反応をひとつずつ確かめるように。
クリトリスを挟み、擦り、時々下の入り口まで指を滑らせて戻す。
入り口はもう開いていて、指の腹を吸うように蠢いた。
美咲の目は閉じられていた。
汗が額と首筋にうっすら浮かぶ。
甘い、女の体の匂いが和室の中に漂っていく。
蓮の指が中に沈み、一本入る。
ぬるりと音がした。
中が熱い。
壁が脈打っている。
蓮はゆっくり出し入れし、同時に親指で核を押し続けた。
「んっ……あっ……中、動いてる……」
美咲の声が途切れる。
腰が勝手に浮く。
蓮の指がもう一本加わり、広がる感覚が来た。
汁が溢れて畳に落ちる。
結合部はぐちゅぐちゅと鳴った。
蓮は濡れた指を美咲の口に持っていった。
濡れた指先が唇をなぞる。
光っている。
匂いが強い。
「味、確かめて」
美咲は目を細めて、その指先を唇で咥えた。
自分の体液の独特なにおいと味が舌に広がった。
酸味と塩気と、熱。
恥ずかしさと甘い感覚が混ざり合って押し寄せてきた。
蓮の指を深く含み、舌で掃除するように吸った。
蓮の目が細くなる。
下のものが、美咲の太腿にさらに硬く当たった。
蓮は体を起こし、上着を全て脱いだ。
たくましい肩、腕の筋肉、引き締まった腹筋。
畳の上に伸びる影が、部屋の照明に長く映る。
勃起した陰茎が腹に張り付くように立ち上がっている。
先が濡れ、筋が浮き、重そうに脈打つ。
美咲も残りの服を全て脱いだ。
白い肌が弱い照明に照らされて柔らかそうに光る。
鎖骨の窪み、胸の膨らみ、腰のくびれ、開いた脚の間。
二つの体が向き合った。
蓮は美咲の腰に手を回した。
ゆっくり引き寄せた。
肌が触れ合うところから、ぴりっとした熱が伝わってくる。
蓮の硬くなった部分が、美咲の柔らかさに押し当てられた。
亀頭が割れ目に沿って上下に滑る。
まだ中には入っていない。
外側は十分に反応していた。
入口が開いて、熱い先端を咥えそうになる。
汁でぬるぬるしている。
蓮はゆっくり腰を進めた。
美咲の足は少し緊張で強張っていた。
蓮が膝を優しく持ち上げ、太腿の内側を撫でると、自然と力が抜けた。
最初の一押しは、少しだけ痛みを伴った。
狭い。
熱いものが押し開いてくる。
六年分の空白が、中で主張した。
「あ…」
たいした痛みではなかった。
それでも美咲は短く息を吸った。
蓮は動きを止め、額にキスをした。
鼻先が触れる。
汗の味。
「大丈夫?」
美咲は小さく頷いた。
腰を自分からわずかに上げた。
「続けて。入って……全部」
二度目の動きは、もっと滑らかだった。
蓮がゆっくり腰を押し出すと、中でその部分が形を変えていくのが感じられた。
亀頭が奥へ進み、壁を押し広げ、根元まで埋まる。
中を満たされていく感覚が、脳の深い部分を甘く揺さぶった。
子宮の手前で止まる熱。
脈打つ。
自分の中で男が生きている感覚。
「あぁんっ…」
知らない声が出た。
蓮の腰がゆっくり引き、また戻ってくる。
抽挿のたびに、肌の接している部分からかすかな音が漏れた。
ちゅぷ、ちゅぷ。
湿った音が和室の空気を振動させた。
美咲の胸が蓮の胸に押し当てられ、そのたびに形を変える。
乳首の硬い部分が硬い胸板で刺激され、甘い声を上げてしまった。
蓮は耳元でささやいた。
「気持ちいい?」
美咲は答える代わりに、首の後ろに腕を回した。
体に力を入れて、ぎゅっと引き寄せた。
中が締まる。
蓮の息が乱れた。
「中、熱い。締まる……美咲」
二人の動きが少しずつテンポを上げていく。
蓮の腰が、中の敏感なところをそのたびに突き上げる。
角度が変わる。
ある一点に当たる。
美咲の声が抑えられなくなっていく。
「あっ、あっ、あんっ……そこ、そこ……」
畳の上に落ちる二人の影が、リズミカルに重なった。
汗の匂いが部屋に充満してくる。
雨上がりの竹林に漂う土の匂いと混ざり合い、官能的な空気を生んだ。
結合部から溢れた汁が太腿を伝い、畳に暗い染みを作る。
蓮の袋が美咲の尻に当たる音。
肉が肉を打つ音。
蓮の動きが少しだけ速くなった。
最も柔らかいところを繰り返し刺激するように、腰の角度を変えている。
亀頭が奥を擦り、引き、また深く沈む。
美咲の内側が絡みつき、吸い付く。
「あっ、来る、来る…」
声が裏返った。
全身に甘い波のようなものが押し寄せてきている。
足先が痺れ、腹の底から強い熱がこみ上げていく。
視界が白く点滅する。
「あっ、蓮さぁぁんっ」
長い声が喉から搾り出された。
強烈な痙攣が下腹から全身に広がった。
中で彼を感じている部分が、何度か強く脈動した。
壁が蓮のものを締め上げ、離さない。
美咲の背が弓なりに反り、爪が蓮の背中に食い込む。
蓮はその痙攣に合わせるように、最後の一押しを深くゆっくりと中へ送り込んだ。
根元まで。
奥の口に当たるまで。
「あぁっ」
美咲の体が大きく跳ねた。
長く、深い波が何度も何度も揺さぶった。
声にならない声が口から途切れ途切れに漏れた。
終わりの波が静まっていくまで、体は小刻みに震え続けていた。
中はまだ締まり、汁と汗でぐちゃぐちゃだった。
蓮は射精をこらえていた。
美咲の痙攣が緩むまで、奥で脈打ちながら止まっていた。
額から汗が落ち、美咲の鎖骨に落ちる。
窓の外では、まだ蛙がひとつ鳴いている。
蓮はまだ中に入ったまま、美咲の乱れた髪を撫でた。
抜けてはいない。
硬いまま、熱いまま、美咲の中で存在している。
美咲は涙が出そうな目で天井を見た。
疲れではない。
六年分が、一気に体の中を通過したあとの空白だった。
蓮が耳元で低く言った。
「まだ、いける」
美咲は喉の奥で小さく笑った。
声にならなかった。
代わりに、脚を蓮の腰に絡めた。
中で、熱いものが再び脈打った。
